インタビュー
2023年11月9日

犬との暮らしは、私たちに心の充足感や人生の豊かさをもたらしてくれます。

そのうちの一つが「心身の健康」です。
とある研究の結果、犬を飼っている高齢者は介護・死亡リスクが半減されるという事実が判明しました。
つまり、犬との暮らしが長生きにつながると証明されたのです。

その背景には、どのような理由があるのでしょうか。

お話を伺ったのは、国立環境研究所 主任研究員の谷口 優さんです。
研究結果から見えた、犬にとっても人にとっても幸せな社会をつくるために必要なことも、熱く語っていただきました。

愛犬はセカンドライフを心身ともに豊かに過ごす上で大切な存在

───さっそくですが「犬と暮らせば、介護・死亡リスクが半減する」という研究結果が出たと伺いました。本当なのでしょうか?

谷口さん:そうなんです。犬を飼育している高齢者は、飼育していない人と比べて介護・死亡リスクが0.54倍、つまり5割も減少するというデータが示されました(Taniguchi, et al. PLOS ONE 2022)。また人間は、健康な自立した状態と要介護になる間に「フレイル」という加齢により老い衰えた状態があるのですが、フレイル発生リスクは0.81と約2割のリスク減になるとこともわかったのです(Taniguchi, et al. Sci Rep 2019)。

 

───すごいですね!要因は、何なのでしょう?

谷口さん:一番大きいのは「運動習慣」です。犬の飼育には、日々の散歩が必要になります。散歩を通じた運動習慣は、規則正しい生活の基盤になり、家の中をきれいに保つため小まめに掃除をしたり、犬を通した近所付き合いが生まれ外に出かける機会が増えることもあるでしょう。

 

───たしかに。

谷口さん:つまり犬のお世話は、高齢者にとっても無理なく続けられる運動習慣なのです。ちなみに猫の場合は、飼育経験のある人とない人でデータにさほど大きな差がなかったので「犬ならではの効果」という点も興味深い結果になりました。

 

───猫の飼育では、散歩などの運動習慣が生まれにくいからなのでしょうか。

谷口さん:おっしゃる通り。厚生労働省が定める身体活動ガイドラインや世界保健機関(WHO)のガイドラインは、健康増進のために中強度以上の身体活動を推奨しています。犬の散歩はまさに中強度の身体活動にあたるため、健康増進に寄与していると言えるのです。

 

───なるほど。

谷口さん:そのためたとえ犬を飼っていても、お世話は家族に任せっきりだったり、散歩をする習慣がなければ、健康長寿には影響しなしというデータも出ています。

 

───やはり「運動習慣」が重要ということなのですね。

谷口さん:はい。そもそも病気や介護予防として、運動が大事なことはみなさんご存知ですよね。

 

───はい。

谷口さん:日々の仕事や育児で忙しく、運動のための時間を確保することは容易ではありません。仕事や育児を終えた高齢期でも、運動習慣を維持できる人は半数以下です。「運動しなきゃと思っていても、できていない」という人は、多いですよね。

 

───ジムに入会してもなかなか続かなかったり……。日々の中で運動を習慣にするのは難しいです。

谷口さん:でもみなさん、かわいい愛犬の健康のためならちゃんと散歩に行きますよね。ここが犬との暮らしならではの特徴です 。

───たしかに。自然と運動が習慣になりますね。

谷口さん:私自身も犬を飼っているのですが、どんなに眠くても毎朝出勤前に散歩に連れて行き、身の回りのお世話を欠かさず行っていました。現在はオーストラリアのメルボルンを拠点に研究活動を行っている関係で愛犬とは離れ離れで暮らしているのですが、如実に運動量が減ったなと感じます。どれほど愛犬の存在が自分のライフスタイルに影響を与えてくれていたのか、実感しますね。

 

───谷口さんご自身も身をもって体験されているんですね。

谷口さん:定年退職をした日本人男性は特に、社会とのつながりが希薄になることが多いです。でも犬との暮らしが地域社会と繋がるきっかけになるかもしれません。愛犬はセカンドライフを心身ともに豊かに過ごす上でも大切な存在になってくれるのです。

 

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動物に愛着を持つことで、健康に長く生きられる…?

───お話を伺っていると「自分から犬のお世話をする姿勢」が、運動習慣や社会とのつながり、そして充実した暮らしにつながる原点のように感じます。

谷口さん:おっしゃる通り。最近注目しているのがアタッチメント、つまり「愛着」です。

 

───アタッチメント……?

谷口さん:はい。高齢期に犬の世話に積極的に関わるかどうかは、幼少期に育まれる動物への「愛着」の強さに影響を受けると考えています。

 

───ぜひ、詳しく伺いたいです!

谷口さん:私たちがこれまでに行った研究では、「犬の飼育」と「運動習慣」の両方が健康長寿の秘訣であることがわかりました。つまり、犬を飼育していても散歩の習慣が無い人では、健康効果は期待できないのです。

───なるほど。

谷口さん:犬を飼育しているシニアの中で、散歩をする人としない人の差は何か?と考えると、愛着の強さが影響しているように思います。愛着の強さは、日々の散歩や身の回りの世話、また犬の交流の場への参加といった活動の原動力になっていると考えられます。

 

───運動習慣をさらに掘り下げると「愛着」に行き着く。大変、興味深いです!

谷口さん:だからこそ幼少期に、動物と触れ合うことをおすすめしたいです。やはり動物への苦手意識があるまま年齢を重ねて、いざ高齢者になったときに犬を飼い始めても、なかなか積極的にお世話をするのは難しいと思うんです。

 

───たしかに。

谷口さん:私自身、子どもの学校に愛犬を連れて行き、児童が動物と触れ合う体験に協力しているのですが、「怖い!」と言う子を多く見かけます。

一方で、オーストラリアでは、街中で犬と触れ合う機会が多く、自宅には近所の猫がよくやってきます。街中でも様々な種類の鳥や爬虫類、昆虫を目にする機会が多いためか、生き物を怖がる子どもが少ないように感じます。

谷口さん:そうした光景を見ると、子どもの頃に自然と動物への愛着心を育むことがいかに重要かを感じますね。

 

ペットとの暮らすことで、社会保障費が抑制される

谷口さん:あと、もう一つ。これまで個人の健康増進に与える影響について話してきましたが、ペットとの暮らしは社会に与えるインパクトも大きいんですよ。

 

───というと?

谷口さん:犬や猫を飼っている高齢者は、飼っていない人に比べて介護保険サービスの利用費が約半額に抑えられるという研究結果が示されました(Taniguchi, et al. PLOS ONE 2023)。この結果から、ペットとの共生は社会保障費の抑制にもつながるとわかったのです。

 

───すごいですね!

谷口さん:ペットの飼育は、運動習慣を通じた身体的な効果のほかに、精神的な効果や、家族友人・近隣社会との繋がりを強化する効果が考えられます。その結果、ペット飼育者が介護を必要になった際に、インフォーマルな支援を受けやすくなり、介護サービスを利用する頻度が低くなると考えられます。ペット飼育者は、自身のもつ身体的・社会的資源を使って、社会保障費の抑制に貢献している可能性があります。

 

───高齢化の進む日本においては、意義のある重要な結果ですね。

谷口さん:そう考えると、ペット飼育者を応援する社会的な仕組みがあっても良いと思います。例えば、ペット飼育者の医療や介護の保険料金を低く設定することや、ペット飼育者に期待できる社会保障費の抑制金額相当のフードや消耗品が支給されるような取り組みは、費用対効果に見合ったものになるかもしれません。

 

───たしかに。現在、光熱費や物価の高騰で経済的にもペットを飼うハードルは高くなっています。より多くの人がペットを家族として迎え入れやすい制度やサービスが整えば、国民の運動習慣の定着や健康増進にもつながっていく希望が持てますね。

 

犬にとっても人にとっても、幸せな社会をつくるための挑戦は続く

谷口さん:まさに私自身の今後の挑戦としても、研究結果を活かしながら「犬と人がより良い関係」を築いていけるような具体的な活動やサービスに寄与したいと考えています。

谷口さん:オーストラリアに暮らしていると、ペットも社会の一員として共生している場面をよく見かけるんです。例えば、ガソリンスタンドにドッグウォッシュが併設されていたり、自宅でトリミングやシャンプーをしてくれる出張サービスがあったり。飼い主にも犬にもやさしい多様なサービスがあることが伺えます。

 

───まさに「ペットも社会の一員」であることが伝わってきますね。

谷口さん:研究を通じてエビデンスを示していくことはもちろん重要です。と同時に、社会を変えていくには具体的な仕組みが必要不可欠です。犬との暮らしは、個人の健康にとっても社会保障制度にとってより良い効果がある。そう実証できたからこそ、日本でペットとの共生が進むことを目指して、必要なサービスを提供する必要があると思います。

 

───谷口さんの熱意が伝わってきます。エビデンスがあることで社会も変わっていきやすくなりますよね。

谷口さん:エビデンスが必要なこととして「アレルギー」もその一つです。現在は、国外でのエビデンスを中心にガイドラインが策定されていますが、日本においてペット飼育者のアレルギー発症リスクが高いかどうかを見極めるにはまだエビデンスが不足しています。私たちの研究では、近年の国外の研究成果と同様に、我が国における幼少期の犬や猫の飼育は喘息の危険因子にはならないことを明らかにしていることから(Taniguchi, et al. PLOS ONE 2020)、今後の研究により、ペットとの共生による不安材料が一つずつ取り除かれるかもしれません。

 

───そうだったのですね。

谷口さん:今後はこれまでの“当たり前”もしっかり調べていく必要がありますし、新たなエビデンスは積極的に社会に発信していきたいと思います。

 

───研究者の谷口さんならではの視点ですね!

谷口さん:今後明らかになるエビデンスの中には、これまでの当たり前が実証されることもあると思います。当たり前の一例として、今後エビデンスとして報告されるかもしれない、イギリスの諺をご紹介します。

“子どもが生まれたら犬を飼いなさい。
子どもが赤ん坊の時は、良き守り手となるでしょう。
子どもが幼い時は、良き遊び相手となるでしょう。
子どもが少年期の時は、良き理解者となるでしょう。
そして子どもが青年になった時、犬は自らの死をもって命の尊さを教えるでしょう。“

谷口さん:犬との共生は、人の健康に大きな効果をもたらすだけでなく、家族の人生が彩り豊かなものになります。愛着を持って動物を飼いたいと願う人が、生涯動物と共生し続けられるような、ペットにフレンドリーな社会を実現したいですね。