インタビュー
2023年12月22日

東日本大震災や熊本地震をきっかけに、世の中の人々の防災意識は大きく高まりを見せました。その一方で、「ペットと一緒の避難」となると、まだ身近なテーマではない現状があります。実はほとんどの避難所では、ペットと同じ部屋で避難をすることができないということをご存知でしょうか?

そのような問題を解決すべく、現在神戸市にて「ペット避難コミュニティ」サービスを展開するFrich株式会社の代表取締役社長・富永氏と、その活動をサポーターとして支えるジェイアイ傷害火災保険株式会社の加藤氏に、取り組みについてお話を伺いました。

多くの避難所では、「同伴避難」ができない。

ーー現在神戸市にて展開をされている「ペット避難コミュニティサービス」について教えてください。

Frich株式会社代表取締役富永氏(以下、富永さん):サービス説明の前に、まずは背景にあるペットと一緒に避難する際の現状について説明させてください。ペットと一緒に避難することになった場合、ペットと飼い主が別のスペースで時間を過ごす「同行避難」と避難所でもペットと飼い主が同じスペースで時間を過ごす「同伴避難」という2つの避難形式があります。

そして、現在ほとんどの自治体が推奨しているのは「同行避難」です。つまり、ペットと同じスペースで時間を過ごすことができる避難所は、現状では全国を探しても極めて少ないのが実情です。

一方で、コロナ禍を機にペットを飼い始めたばかりの方も多く、避難の際には「同伴避難」をできると思われている方も多くおられます。ここに実態との大きなギャップがあります。ペットと一緒に避難所でも過ごすことができると思って避難したものの、実際には別々で過ごさねばばらないとなると、悲しいことですよね。

そこで私たちは、ペットと飼い主が一緒に過ごせる「同伴避難」ができる場所を作っていきたいという思いをかねてより持っておりました。そしてその思いに神戸市さんが共感してくださり「同伴避難」のできる機会を増やす取組みを一緒に進めていこうという話になりました。

神戸市さんとの議論について、ジェイアイ傷害火災保険の加藤さんと打ち合わせをした際に共有したところ、興味を持ってくださり、今回の取り組みを始めることができました。

 

ーーそのような経緯で、今回神戸市での取り組みがスタートしたのですね。具体的にはどのようなサービスを展開されているのですか?

富永さん:現在提供しているサービスは、2つあります。
1つ目は犬を飼っている人同士が繋がれる無料の「ペットの避難所」ウェブコミュニティです。このコミュニティに参加していただき、飼い主同士で自己紹介や雑談など日頃からやりとりを深めていくことで、何かあった時に助け合える関係性となることを目的としています。

2つ目は警戒レベル4以上の震災等が起きた際に、ペットと泊まれるホテル等の宿泊費を1万円まで給付するという仕組みです。こちらのサービスは掛け金780円で受けて頂くことができます。

このようにしてウェブコミュニティでの個人間での繋がりの創出、給付金の仕組みを通じて「同伴避難」の普及に尽力しております。ジェイアイ傷害火災保険さまにはこの取り組みにサポーターとして参加いただいており、サービス運営にあたっての援助をいただいております。

 

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お互いで助け合う「共助」の仕組みを提供していきたい。

ーー今回のサービスを立ち上げたきっかけを教えてください。

ジェイアイ傷害火災保険株式会社・加藤氏(以下、加藤さん):昨年から火災保険の担当になりまして、火災・防災にまつわる現状への理解を深めるために防災士の資格取得を目指しました。

防災士の資格取得にあたっての研修として、小学校を想定いた避難所の受け入れ訓練を行いました。避難されてきた方の滞在スペースを速やかに指定していくという内容だったのですが、特別な配慮を必要としない健康な方の場合、スムーズに指定することができた一方で、一番大変だったのが、ペットを連れて避難されて来た方への対応でした。

犬や猫、爬虫類を連れてくるなど様々なケースの訓練があったのですが、体育館だけでなく、教室などを最大限活用しながら、どのように滞在スペースを指定するかがとても大変でした。

環境省のガイドライン上では、避難所ではペットと飼い主が避難所では別々に過ごす「同行避難」を推奨していますが、実際の現場はとても慌ただしい。ペットのケアまでなかなか手が回りづらく、同行避難すら大変で、同伴避難は非常に困難と認識しました。

これがペットを飼っていらっしゃる方が災害時に直面する状況だと理解し、社会問題と捉えてきちんと解決に向けて動いていくべきだと考えました。

一方で、飼い主さん側も、避難所にきてはじめて「同行避難」「同伴避難」の違いを知ることも多く、このテーマについてもっと日頃から、社会に対して問題提起していく必要があると感じ、今回の取り組みへと繋がっていきました。

 

ーー今回の取り組みの意義を教えていただけますか?

加藤さん:防災の考え方に「自助、共助、公助」という考え方があります。

自助とは、飲み水を備蓄する、保険に加入するなど自分で有事に備えるというものです。公助とは、国や自治体による支援を指します。そして共助は何かというと、地域内などで住民同士がお互いに助け合うことを指します。

災害時に安心安全に生きていくためには、この「自助、共助、公助」の3つの要素が欠けることなく必要なのですが、今、日本社会には「共助」が失われつつあると思っています。

昔はご近所同士で回覧板を回したりしていましたが、最近では近所に住む方の名前も知らないことも多いのではないでしょうか。この「共助」の機会をもっと増やしていきたいという思いがありました。

ですが保険会社は、基本的には保険に加入していただく「自助」の仕組みを提供していく立場です。もともと保険は被災した場合に備え多くの方が掛け金を出し合うという共助の考え方の上に成り立ってはいるのですが、「防災でいうところの共助」の仕組みは提供しづらいという実情がありました。

そんな時にFrichさんからペットの避難所の話を伺って、一緒に取り組みを行っていこうという話になりました。将来的には災害時に備えた商品提案などをしていきたいですが、まずはサポーターという形でこの取り組みに参加をさせていただいています。

 

ーーFrichさんはどのような事業を展開されているのですか?

富永さん:Frichという会社は加藤さんのお話でいうところの「共助」に最も力を入れている会社です。

保険会社がなかなか規模的に保険商品の提供をしづらいニッチな領域において、インターネットの力を用いて「共助」の仕組みを導入するというビジネスを展開しています。

具体的には、まずはその領域に関するコミュニティをインターネット上に作り、参加者同士で交流いただくことで顔の見える関係性を醸成することで、何かあった時にお互いに助け合える「共助」を実現していきます。

その上で、参加者同士がちょっとずつお金を出し合ってファンドを作って、何かあったら困っている参加者にお金がいくような仕組みを提供しています。

このようにして世の中に存在する様々な社会課題に対して、お金をきちんと適切に届けることを行っているのが我々の会社です。そして、行政、保険会社と組んだ取り組みの第一弾が今回の「ペットの避難所コミュニティ」の取り組みです。

ーー大変興味深い取り組みですね。Frichさんとジェイアイさんは、お互いを補い合うというような関係性なのでしょうか?

富永さん:まさにそうですね。お互いの長所を活かしながら、社会問題の解決に向けて動いていきたいと考えています。

加藤さん:はい。ゆくゆくはFrichさんが提供する商品に対して、より大きな補償が必要な場合は保険会社として上乗せ商品を提供していくような、商品面での連携もできたらいいなと考えています。

 

ペット避難所コミュニティには100名近くの飼い主さんが参加

ーー今回の取り組みを立ち上げるにあたり、大変だった点を教えてください。

富永さん:私たちとしては、関係者との話し合いに時間を要しました。避難所コミュニティサービスのプロジェクトについては、コロナ禍の前から動いていたのですが、コロナ禍の到来によって一度ストップしてしまいました。その後も実現に向けて様々な方々と話し合いを重ねてきたのですが、担当者の変更もありなかなか具体的な話にならなくて。

諦めずに、動き続けている中で、神戸市さんと出会い、取り組みの実現に向けた協議を重ねていく中で神戸市さんが運営されているファンドから弊社にご出資いただくなど関係がだんだん深くなっていきました。

さらに、先ほどお話されたように加藤さんとの出会いもありジェイアイ傷害火災保険様がバックアップしてくださることになり、大きくプロジェクトが動き出し、今回こうやって実現することができました。

 

ーー加藤さんはいかがですか?

加藤さん:私自身、防災士の資格を取得するにあたって、現場訓練をして初めてペットの避難所についての問題を理解できたこともあり、今回の課題や取り組みの必要性を関係者に感覚的に理解いただくところにまず苦労しました。

しっかり説明していくと、これは確かに問題だよねと理解をしてれる方も増えてきたのですが、会社として行うとなると、この取り組みがどうビジネスに繋がっていくかを検討する必要があり、その点に苦労しました。

企業として継続的な取り組みとしていくためには、利益に繋がっていく仕組みを構築することも大切なので、現在のトライアルの段階を通じて、様々な検証を重ねていきたいと考えています。

 

ーーこれまでの手応えについて教えてください。

富永さん:「ペット避難所コミュニティ」については、神戸市限定で提供しているサービスにもかかわらず100名近くの方々に参加していただくことができました。

一方で、我々としてはホテルなどの事業者さんに協力をいただいて、宿泊客の方に我々の取り組みをご紹介いただくというような形での広がりを想定していたのですが、その点には苦戦をしています。

ホテルや関連施設などに電話やメールで営業をさせて頂くと、「保険の営業」ということで最初から話を聞いてくれないということも多くて。今後はどうやってハブになってサービスを広めていただける地元の人や施設と連携して取り組みを広げていくかということに注力していきたいと考えています。

 

ーー 新しい取り組みなので、理解を頂くということは簡単ではないですよね。加藤さんはこれまでを振り返ってみていかがですか?

加藤さん:私も、無料コミュニティに100名近くの方々が参加してくださったことはとても素晴らしいことだと感じています。今後の課題としては、そのコミュニティをどう盛り上げていくか、ということを考えていきたいですね。参加者同士の繋がりを深めて行って、実際に避難をしなくてはいけない状況になった時、ペットを預けることができる関係性の人がコミュニティ内にいるということを実現していきたいです。

 

ーーコミュニティを盛り上げるためのコミュニティーオーナーにはどのような方が向いていると思いますか?

加藤さん:ご近所同士で犬を連れて公園に集まっている方々や、同じ犬種を飼っていることがきっかけで仲良くしているという方など、すでに犬の飼い主同士で繋がっているという方々も多いと思います。そういった方がウェブコミュニティを活用いただいて、より繋がりを深めて頂けると良いなと思っています。

富永さん:私はそれこそDogHuggyのドッグホストさんのような方をイメージしています(笑)。犬が好きで世話をしたい気持ちが強く、人と関わるのも好きという方にコミュニティをどんどん盛り上げて行って欲しいですね。

 

ーー今後の展開についてお話をしていただけますか?

富永さん:現在は神戸市限定で展開していますが、今後は全国で展開していきたいという思いがあります。そのために、取り組みに共感してくださる行政の方、企業の方、取り組みに参加してくださる方との繋がりを深めていき、「同伴避難」ができる場所を広めていきたいです。

先ほどの共助の話のように、個人間の助け合いでどんどん物事を解決できれば良いと思っているのですが、それだけだと解決できない問題についてもきちんと解決に向けていけるような事業をしっかりと作り上げていきたいです。

 

ーーありがとうございます。加藤さんはいかがですか?

加藤さん:現在Frichさんは宿泊費1万円までの支援という形でサービスを提供されていますが、我々としても被災された方が本当に必要にされていることは何だろうということをサービス提側の思い込みで終わらせることなくきちんと深堀していき、必要に応じて商品開発をしていくことができたらと考えています。

 

「できないこと」を明らかにすることから、助け合いは始まる

ーー最後に、犬と人間がより良い関係性を築いていくために必要だと思われることについてお話いただけますか?

富永さん:今回の取り組みを進めるにあたって、たくさんの飼い主さんの声を聞くようになりました。そこで改めて、人間と違って犬の寿命は短いから、犬が好きでずっと飼われている方は人生のうちに何度も愛犬との別れを経験するということを知りました。そのようにして確実に別れが来るからこそ、きちんと愛情を持ってペットに接すること、そして愛情だけではなくて命に責任を持ってきちんと育てることが大切であると感じてます。

「命に責任を持ってペットを飼う」ことが多くの飼い主さんの間に広まることが、犬と人間のより良い関係性という点で大切なことだと考えています。

 

ーーありがとうございます、加藤さんはいかがですか?

加藤さん:保険会社の立場としては、きちんとリスクを認識しておくことが、犬と人間がより良い関係性を築いていくうえで大切だと思います。

人生には何があるか分かりません。ある日急に病気になってしまうかもしれない。自然災害が起きるかもしれない。そのほか、様々な予期せぬ出来事があるかもしれません。そういったリスクに備えて、可能な限り対策できるように事前に行動をとっておくことが大事だと思います。

先ほどの「自助・公助・共助」の話に戻りますが、これらをうまく活かしていくためにも、できることだけでなく、それぞれが「これはできない」ことをコミュニケーションをとって明らかにしていくことで、じゃあここはカバーし合おうという助け合いが生まれると思っています。

例えば自治体などが「できないこと」を名言することは不安も与えますし、簡単なことではありませんが、それを行っていくことで、他者との繋がりが一気に深まり、結果的に犬と人間のより良い関係性を築くことができると思います。